『ありきたりな、靴下の話』 [読み物・作品]

四次元STAGE 第2回公演で上演した作品の一つ。
一人芝居。 作・演出=岡野陽平  出演=オカピー
   ※上演後の記事→H23.02
       2010年11月 作:岡野陽平  
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

『ありきたりな、靴下の話』

(人間大の靴下。「靴下の着ぐるみ」と言ってよい。)
(その前には、マイクが置いてある。顔の高さに。)
20110130e.jpg
こんにちは。
ボク、靴下です。
こんにちは。靴下です。
大きいけど、巨人の靴下じゃないです。
これの、あ、ボクの、ほんとの大きさは、皆さんが今履いている靴下と同じ大きさだと思ってください。
あ、落ち着いて。争わないで。皆さんの足のサイズは聞いてないので、安心して。
(26でも7でも、どっちでもいいから。)
靴下は基本的にフリーサイズだから、任せて★

今はちょっと拡大してると思って、
ボクのホントの大きさは普通の靴下と同じだってこと。
(具体的にいうとこれくらい。(反対の『足』を出す))

・・・少しボクの話をしてもいいですか?
それとも誰か、今ここで、ボクの代わりにしゃべりたい人います?
いませんよね?良かった。
念のため確認しただけです。
安心しました。靴下にもしゃべる権利があるんだって分かって。
IMG_0047.jpg
ボクの話。
といっても、特別なことはない、ありきたりな、ただの靴下の一生です。

ボクは、誰かに買われるのをずっと待っていました。
伊勢丹の婦人服売り場の棚の上で。誰かの手に取ってもらえる日を、じっと待っていました。
ごめんなさい、嘘つきました。
本当は『イズミヤ』のワゴンの中で、待ってました。

その頃のことはよく覚えてません。人間の赤ちゃんといっしょ。
もちろん工場で作られた頃のことなんて全く。だって生まれる前だもん。
ボクが覚えている、はっきりとした最初の記憶は、
ボクのことをサクラちゃんのお母さんが手にとって、
店員さんがレジでバーコードを読み取った、
『ピっ』という音。
(SE「ピッ」)
そう、この音。
そこからのことはわりとよく覚えています。
あの『ピっ』(SE「ピっ」)という音で目覚めた気がする。
これを『靴下の自我の目覚め』と言います。
値段がいくらだったかは忘れちゃいました。
脳味噌って都合の悪いことは忘れてくれるんだから、すごいですよね。
・・・。(頭を探って)
ボクの脳味噌がどこにあるのかも忘れちゃいました。
(SE「ピっ」店員「200円です」)

ボクとサクラちゃんの出会いに、特別なことなんてありません。
ごく普通の靴下が、ごく普通の女の子に出会って、恋をした。
ある寒い日の午後、ボクはサクラちゃんのお母さんに買われました。
そして、サクラちゃん専用の靴下になったんです★
IMG_0060.jpg
サクラちゃんは19歳♪高校を卒業して一年目。
訳あって大学には行ってません。
訳っていうのは、人間社会のことは難しくてよく分からないんですが、
サクラちゃん曰く、「禿げの面接官のせい」だとか「面接官が禿げてたせい」だとか。
ボクにはよく分かりません。
だって、その時ボクは靴の中だったから。
ボクには面接官の顔が見えなかったんだもん。
頭も見えなかったんだもん。
ふふふ♪
えへへ。
ボク、サクラちゃんが試験とかデートとか大事な日に履く、勝負靴下なんです!

ボクとサクラちゃんは相思相愛♪
誰にも邪魔はさせない!
って、思ってたんですけどー、たまにサクラちゃんのお母さんが履くんですよね。
サクラちゃんに内緒で。

なんで娘に内緒にするのかなー。
っていうか、なんで履くのかなー。娘の靴下なのに。
大人の女性の考えることってよく分かりません。

大人の女性のことでボクが分かるのは、
これはボクの「大人の女性体験」から言えることなんですが、
かかとがガサガサだってこと。
ゴワゴワ? ガサガサ? ゴワゴワ? どっちですか?
IMG_0054.jpg
あ、落ち着いて。争わないで。皆さんのかかとの感触を聞いてるわけではないので、
安心して。


サクラちゃんのかかとは「つるんっ」って「ぷにっ」って感じで大丈夫なんですけど、
お母さんのかかとはちょっと、なんていうか、ソフトな「やすり」?
みたいな。
そんなかかとで履かれると、正直、消耗するんです。
だから、ボクはもう我慢の限界で、ある日、
穴が開いちゃったんです。かかとに。

昔誰かが言ってた気がする、
「靴下が死ぬときは、かかとか親指だ」って。
あと、ここら辺(足首)の糸のほつれ。
※ためいき。

ボクに穴が開いたとき、お母さんが履いてたのに、
お母さんのかかととのランデブーで穴が開いちゃったのに、
お母さんはサクラちゃんに「お洗濯したら穴が開いちゃったわ」って、洗濯機のせいにしたんです。
ボクは皆さんに問いたい。人はなぜ、真実を隠そうとするのでしょうか。
20110130f.jpg
ボクはもう、死んでいく。
ボクはもう、捨てられる。
ボクはもう、サクラちゃんの足を抱きしめることが出来ない!
ボクは、お母さんに、殺されたんだ!

って、思ったんです。あの時は。
でも、よみがえらせてもらったんです、お母さんに。
お母さんが穴をふさいで、また履けるように直してくれたんです!
お母さんが、夜なべをして直してくれたんです。お母さんが、夜なべをして。
お母さん、良いヤツじゃーん♪
って、思ったんです。
でも、よく考えたら、それが『つぐない』ってヤツなんですね。
償い、あるいは『贖罪』。
うん。トウゼンだー。

とにかく直った。穴がふさがった。
これでまたサクラちゃんに履いてもらえるって、ウキウキしてるボクのことを履いたのは、そう、お父さんでした。
サクラちゃんでもなければ、お母さんでもなく、お父さんでした。
おっかしいでしょ!
おじさんがこんな黄色い靴下を履くなんて、おっかしいでしょ!
大人の男性の足は、
これはボクの「大人の男性体験」から言えることですが、
ガサガサでゴワゴワで、その上さらに、『水虫』でした。

ボクはこれはヤバイッって思いました。
家族全体に警鐘を鳴らして、危険を知らせようとしました。
洗面所で、バスマットのヤツがニヤッと笑ったのを見たんです!
でも、とき既に遅く、ひと月もしないうちに家族全員が水虫に。

それからは壮絶な水虫大戦争が繰り広げられました。
みんな痒くてイライラして、お父さんとお母さんは喧嘩するし、
サクラちゃんは勉強に集中できないって言って怒るし、
家の空気がいつもピリピリとしてました。
お父さんは水虫の塗り薬を色々試して、
高い飲み薬も飲んでましたが、
事態はいっこうに終息する気配を見せず・・・。

ある日、サクラちゃんがボクのことを手にとって。
ボクは「もしかしてまた履いてもらえるんじゃないか」
って思って嬉しくってドキドキしたけど、その気持ちを抑えて
心の限りに叫んだ、「ダメだよ!ボクはもう取り替えしがつかないくらい汚れてしまった。汚染されてしまった!サクラちゃんが履いたりしたら、サクラちゃん、ますます汚れちゃうよ!そんなサクラちゃん、ボクは見たくない!」って。
サクラちゃんは、その純粋な瞳でボクのことをジッと見つめて、
そして、その小さくて可愛いクチビルで、こう言ったんだ
「コレが原因ね」って。

その瞬間、
ボクは水虫大戦争のA級戦犯としてゴミ箱行きが決まりました。
「一番悪いのは、バスマットのヤツなんだ!」
って叫んでみたけど、無駄でした。
靴下にはしゃべる権利なんかなかったんです。
処刑はその場で即座に執行されました。

そうやって、彼女はボクを捨てました。
20110130b.JPG
これが、ことの顛末です。
これがボクの人生に起こった、ありきたりでクソったれな出来事です。

今日はどうもありがとうございました。
皆さんに話を聞いていただいて、すっきりしました。
これで心残りなく、燃やされることができます。
最後まで聞いていただいた皆さんと
この発言の場を与えてくださった『日本消費者センター』に、
この場を借りてお礼を言いたいと思います。
ありがとうございました。

(暗転)

あ、次にしゃべるのは誰?
え、バスマット?
あいつも来てたんだー。

(終わり)
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。