『待ち合わせは、あの木の前で』 [読み物・作品]

短編小説、かな。
特に目的はなく、思いつきで書いてみました。
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『待ち合わせは、あの木の前で』  2012.02.09

都会の中の、小さな駅。
駅のすぐ脇には小さな公園があって、
その公園で一番大きな木は、よく待ち合わせの目印にされた。

その場所で彼女と出会ったのは、ある夏の日だった。
彼女も誰かと待ち合わせなのだろうか、ただの時間つぶしなのだろうか。
いずれにせよ、彼女は日差しを避けて木陰にやってきた。

彼女は僕のすぐ目の前に立っていた。
彼女がそこに立っていた15分の間、
僕は全く気にしていなかった。
待ち合わせで、ヒトが前に立つなんてよくあることだ。

敢えて言うが、
とてもとても背の高い僕と、
とてもとても小柄な彼女との位置関係ではあったが、
彼女が視界に入らなかったという訳ではない。


だが、ついに彼女が移動しようとしたその時に、
彼女は真後ろに立っていた僕の足に引っかかって、
思い切り、膝を着くほどに転んでしまった。
彼女はパッと僕を見上げて、恥ずかしがって言った。
「いい歳して、転んじゃった・・・」



彼女は近くの大学の4年生で、
今は就職に困っているという。
こっちで就職するのか、遠い実家に帰るのか。
夢があるわけでもなく、なんとなくこのまま都会での暮らしを続けたいのだが、
就職は決まらないという。
彼女は「夢がないから、なんとなくだから、上手くいかないのだろうか」と
沈んだ顔をすることが多くなったようだ。
そういったことを、僕は半年かけて少しずつ知っていった。


卒業間近の2月になって、
彼女はやっと結論を出した。

つまり、彼女は実家に帰ることに決めたのだ。
実家で、家の手伝いをするという。

それを僕が最初に知ったのは、
彼女の口から直接聞いた訳ではなく、
彼女が携帯電話で実家に打っていたメールを、
偶然見てしまったからだ。

もちろん携帯を勝手に開いたりなんかできるわけがない。
彼女よりも背が高い僕が、偶然後ろから覗き見てしまったのだ。
不可抗力だと言い訳した。
まぁ、こういう偶然は今までに幾度もあったわけだが。



彼女が実家に帰る日。駅の公園で。
僕のそばに立つ彼女は、
急に、黙ったまま僕に寄り添ってきた。

彼女のぬくもりを感じる。
他人の重さを感じる心地よさ。
僕は動揺してめまいがするようだったけど、
同時に温かい気持ちで心が一杯で、
今この時間の全てを感じ取ろうと、必死だった。

彼女がささやくように、
「寒い・・・」と言った言葉が、
今が冬だってことを僕に思い出させた。


僕は彼女を後ろから抱きしめてしまいたかったけれど、
広げた手は、空中で冬の冷たい風に揺れて、行き場を失ったみたいだ。
ちょっと伸びをしたり、節の運動をしただけで、
僕は望みを行動に表すことは出来そうになかった。


さようなら。
彼女は一人で駅に歩いていった。
僕は彼女の後ろ姿を見送った。
僕には、追いかけることは出来ない。
出来ないんだ。

さようなら。
僕にはただ見送ることしか出来ない。


都会の中の、小さな駅。
駅のすぐ脇には小さな公園があって、
公園で一番大きな木が、
僕だ。



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